HIV増殖のメカニズムを知る

国立研究開発法人国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター 医療情報室長 塚田 訓久

ヒトの体内に入ったHIVは、どのように増殖していくのでしょうか。
そして、それを阻止するためにどのような薬が開発されているのでしょうか。
今回は、「ミクロの世界」を紐解いて、HIV増殖のメカニズムを解説します。

HIVとCD4細胞の関係

➊ 吸着・融合
HIVの表面から出ている突起が、まずCD4細胞の表面にある「CD4受容体」と結合する。さらにもう1つの受容体(補助受容体)と結合すると、HIVとCD4細胞は融合する。
➋ 逆転写
HIVの中にあった遺伝子(設計図)とそれを複製するための酵素が、CD4細胞の中で活動を始める。HIVの酵素は「RNA→DNA」という通常とは逆の方向で遺伝子を転写(コピー)するために「逆転写酵素」と呼ばれている。
➌ 組込
HIVの酵素「インテグラーゼ」が、宿主のDNAにHIV由来のDNAを組み込む(インテグレーション)。
➍ 転写・翻訳
CD4細胞が必要な物質(タンパク質など)を合成する工程に紛れ込んで、HIVの材料(部品の原型)が大量に生産されるようになる。
➎ 出芽
HIVの材料が集まり、CD4細胞の膜をまとって細胞の表面から飛び出してゆく。
➏ 完成
HIVの酵素「プロテアーゼ」がハサミのように働き、材料が適切に切り分けられる。部品が組み立てられるとHIVは完成し、次のCD4細胞に感染することが可能となる。

 HIVに限らず、ウイルスは(一般的な生物とは異なり)自分の力だけでは増殖できません。「宿主」の細胞に侵入し、その力を借りて自らの分身を増やします。
 HIVが侵入する主な相手は、ヒトのCD4細胞です。CD4細胞とは、細胞表面に「CD4受容体」という目印を持っている細胞で、その代表格が「CD4陽性Tリンパ球」です。
 コンドームなしの性行為などの際に粘膜や傷ついた皮膚のバリアを超えて体内に入ったHIVは、“お目当て”のCD4細胞と出会うとその中に入り込み、図1に示すようにCD4細胞の力を借りて大量の新たなHIVを作り出します。新たなHIVは次のCD4細胞に入り込み、同じことを繰り返します。
 平常時のヒトの体内では、新たに産生されるCD4細胞と寿命を終えるCD4細胞のバランスが取れています。しかし、HIVに入り込まれたCD4細胞の寿命は短くなるため、減ってゆくスピードに産生が追い付かなくなると、血中のCD4細胞数は低下します。CD4細胞は、「細胞性免疫」(結核菌やウイルスなどの病原体から体を守る働き)の司令塔の役割を担っており、これが減ると、病原体が暴れ出してもうまく対処できなくなってしまいます。つまり、免疫力が落ちて様々な病気にかかりやすくなり、AIDSを発症するということになります。

異なる部分に作用する薬剤

 CD4細胞内でのHIVの増え方をふまえ、様々なタイプの薬剤が開発されてきました。これまでに、➊➋➌➏の部分に作用する薬剤が登場しています。主に使われているのは、に作用する「逆転写酵素阻害薬」、に作用する「インテグラーゼ阻害薬(INSTI)」、に作用する「プロテアーゼ阻害薬(PI)」です。このうち「逆転写酵素阻害薬」は、さらに「核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI)」と「非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)」の2つに分類されます。
 実はHIVの逆転写酵素にはいい加減なところがあり、RNAを転写(コピー)する際にしばしば間違えてしまいます。決定的に間違っていればHIVは完成に至りませんが、わずかな間違いであればそのまま進んでしまい、結果としてわずかに形の違うHIV(変異ウイルス)が日々生み出されることになります。厄介なのは、間違いの入った場所がちょうど薬が結合するはずの場所であった場合、その薬が効かなくなってしまう(耐性化)ことです。1種類の成分だけで治療していると、たまたま生まれた耐性ウイルスが生き延びて、治療失敗につながります。
 耐性化を避けるために、複数の成分を組み合わせた「併用療法」が行われます。現在の標準的な組み合わせは、「インテグラーゼ阻害薬(INSTI)」、「プロテアーゼ阻害薬(PI)」、「非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)」の中から1成分を選び、これと「核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI)」の 2成分を併用するものです(注1)。最近では、「STR」(Single Tablet Regimen)と呼ばれる、治療に必要な複数の成分がすべて含まれた、1日1回1錠で治療できる配合錠も登場しました。ただし、「含まれる成分のどれかが体に合わない」「含まれる成分のいずれかが既に耐性」「飲み合わせの問題がある」など、STRによる治療が適切でない場合もあります。

治療の継続とウイルスの抑制

 治療がよく効いていれば、血液中のウイルス量は「検出限界未満」「20コピー未満」など低い値を示します。HIVの増殖がおさえられると、CD4細胞への新たな感染はほとんどおこらなくなり、結果としてCD4細胞数のさらなる低下は回避されます。治療を継続することによりCD4細胞数は回復することが多いですが、どれくらい回復するかには個人差があり、他の人と数値だけを比較することには意味がありません。
 複数の成分を内服していたとしても、十分な量が体に届かなければ、ウイルス量が増加してくることがあります。十分な量が届かない理由としては、規則正しく薬を飲めなかったこと以外に、他の薬との飲み合わせでうまく吸収されなかったり、薬の排出が速くなってしまったりということが考えられます(注2)。治療中にもかかわらずウイルス量が高い状態が続くと、耐性化したウイルスに置き換わってしまうことがあります。
 一度生まれた耐性ウイルスの設計図は体の中に残ってしまいますので(図中)、その耐性ウイルスとは一生の付き合いになります。同じ場所に効く薬には似た性質があり、一つの薬が効果を失うときに、仲間の薬の効果も落ちてしまう(道連れにする)ことがあります。現在使われる治療薬の効果は非常に高く、処方されたとおり規則正しく内服できている場合には耐性化による失敗はそう簡単には起こりませんが、薬は他にもたくさんあるからと気楽に考えていると、いつのまにか使える薬がなくなってしまった、ということもありえます。
 また、担当医が治療薬を選ぶ際には「(それぞれの方にとって)最も飲み続けやすく、もっともデメリットが少なそうなもの」から順番に選びます。耐性により治療薬を変更する場合、それまでより錠剤数や服用回数が増えたり、飲みにくくなったりすることがあります。ご自身のために、「いま飲んでいる薬」を大切にして下さい。

将来に向けて

 治療は進歩してきましたが、次々に生み出されるHIVを1個1個ハンマーで叩いてゆく「もぐらたたき」のような作業であることには変わりありません。現在使われる治療薬はどれも非常に強力ですが、入り込んでしまったHIVを根こそぎ体内から取り除く力はありません。ハンマーの性能や使い勝手は上がりましたが、ハンマーを握る手を休めるとHIVはまた増えてきます。
 もちろん、将来もっと素敵な治療法が登場する可能性はあります。毎日の内服が必要ない時代がいつか訪れるかもしれません。でもその恩恵にあずかるためには、しっかり内服を続けて、その時までできるだけよい状態を保っておく必要があります。繰り返しになりますが、将来の治療に夢をもちつつ、「いま」を大切にして下さい。

塚田 訓久(国立研究開発法人国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター 医療情報室長)

注1:1日の服薬回数を減らす目的で、さらに他の成分が併用される場合があります。
注2:他の医療機関を受診する際や市販薬を購入する際に治療内容を申告するのが望ましいのはこのためです。

※上記の図は、AIDS info(Department of Health and Human Services)に掲載された資料を参考に、本記事の目的にあわせて作図しました。

ツイート
シェア