滞日外国人のHIV治療アクセスの変化と課題

言語の多様性・セクシャリティの多様性をめぐって

シェア=国際保健協力市民の会 副代表/港町診療所所長 沢田貴志

日本で働く外国人は?

 現在日本に住んでいる外国人の数は250万人を超えています。一口に外国人といってもその置かれている立場はさまざまです。体調を崩したときにどのような支援が受けられるかという点に焦点を当てると在留資格(ビザの種類)が重要になってきます。
 1990年頃に外国人の人口が急増するようになってから、日本に住む外国人の動向は紆余曲折を経てきています。これをわかりやすくするために日本で働いている外国人の在留資格別の人数の変遷を図1に示します。なお、第二次世界大戦終戦以前から日本に住む韓国・朝鮮・台湾出身者とその子孫である特別永住者はこの統計からは除外されています。

 1990年代は、日本で働く外国人の実に4割が在留資格のない外国人でした。これは、従業員の確保が難しくなった中小企業や建設業などが在留資格の有無にかかわらず外国人を雇い始めたためです。その後、このような在留資格がない外国人の雇用や就労が厳しく禁じられ、代わりに日系人であれば労働可能なビザを出すようにしたり、技能実習生制度やアルバイトで就労する留学生を増やすような政策がとられるようになりました。この結果、ビザがない外国人の数は次第に減少し、現在は外国人労働者の5%以下になっています。代わりに急増しているのが、技能実習生とアルバイト(資格外活動)をしながら日本語学校や専門学校に行っている留学生たちです。
 外国人の中でもっとも厳しい条件に置かれていたのが、在留資格のない外国人たちです。在留資格がなければ健康保険に入ることができず、病気になったときに医療費の支払いが困難になる人が
続出しました。結核に関しては国籍や在留資格にかかわらず、保健所で登録すれば医療費の補助が受けられる制度になっています。しかし、エイズに関しては、健康保険に加入できるビザを持っていることを前提にしているため、治療が受けられず深刻な病状になる人が1990年代に続出しました。

外国人とHIV

 2002年までに日本でHIV陽性もしくはAIDS発症が報告された人の数を振り返ると、実にHIV陽性報告5,121人のうち⅓にあたる1,700人、AIDS発症2,549人の¼にあたる647人が外国人でした。日本の人口に占める外国人の割合が2%以下であることを考えるととても高い割合でした。この頃に私たちが全国の主だった15の拠点病院を対象に行った調査(表1)では、外国人HIV陽性者は約半数が在留資格がなく、帰国しても治療が得られない開発途上国の出身者が大半でした。特に東南アジアやアフリカ出身の人ではCD4が100以下になってからようやく医療機関にたどり着いた人が多く、欧米の人が500近くで受診していることと対照的でした。多くの病院ではこうした外国人HIV陽性者が受診しても、「重い病気だから帰国したほうが良いですよ」と伝えるだけで十分な支
援ができず、結局そのまま日本で危険な病状となって担ぎ込まれる人が後を絶ちませんでした。

外国人の医療アクセス支援の取り組み

 当時、外国人がHIVを抑え込む抗レトロウイルス剤治療を受けるチャンスは極めて限られたものでした。日本で在留資格が得られるような特殊技能がある人や、異性愛で日本人や永住外国人と結
婚をした少数の場合を除き日本での治療アクセスが得られなかったのです。この頃は開発途上国に帰国しても治療が受けられないため、躊躇しているうちに重症化して死亡してしまう人も少なくありませんでした。
 そうした状況を大きく変えたのが1990年代後半に始まった各国の治療アクセスの取り組みです。各国のHIV陽性者団体がエイズ治療を人権として保障するように政府に求める中で、1996年にまずブラジル政府がエイズ治療を公立病院で無料提供し始めました。さらに2003年には、タイ政府も国立製薬公社で製造したジェネリック薬で無料治療を開始しました。それまでは、世界保健機構(WHO)もエイズ治療が高額であるために開発途上国では実施困難としていましたが、2002年に途上国でも治療の提供を追求するべきだという方針に転換しました。そして2003年には「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」が設立され、徐々に治療提供をする国が増えていきました。

治療アクセスを求める日本での動き

 このような動きに呼応して、日本でも外国人の治療アクセスを改善する取り組みが始まりました。その中で重要だったのは外国人コミュニティの活動です。ラテンアメリカの出身者に対しては、1990年代からCRIATIVOSというNPOが新宿保健所での抗体検査の通訳支援をはじめ、次第に電話相談やブラジル人学校などのコミュニティでの啓発や医療機関への同伴通訳と活動を広げていました。これに続きTAWANというタイ人ボランティアグループが2004年に立ち上がり、同様に同伴通訳・電話相談・地域での啓発活動を開始しました。こうした当事者の活動と、CHARMやシェアなど
のNPO、エイズ予防財団、医療機関、行政、研究者などが協力して通訳支援のできる人材の育成や早期の受診を支える活動などが進められました。支援を受けて治療にアクセスできたHIV陽性者自身も大きな役割を果たしました。自分の体験をもとに早めの受診を勧める手記を書くことで啓発に協力をした人もいれば、各国のHIV陽性者団体も治療の場を確保するために積極的に情報提供をしてくれました。
 こうした当事者の動きが進む中で、自治体・NPO・研究者の連携でエイズ治療拠点病院向けの研修が行われ、これに参加した病院の職員たちも積極的に支援を始めました。ソーシャルワーカーたちが通訳を交えて面談し、日本での治療の可能性と出身国での治療の可能性を調べて、できる限り治療環境を整えるように努力をするようになりました。こうした姿勢は、外国人のHIV陽性者にも希望をもてる状況を生み、早期の受診が進むことにもつながりました。

影響が大きい言葉の壁

 これによって治療アクセスは大きく変化しました。図2は私が診療する港町診療所を受診した外国人のHIV陽性者の初診時のCD4の変化です。2002年以前はHIV陽性の外国人の初診時のCD4 は、50以下が大半でした。これが2006年以降は大半の人が300以上となり症状が出る前に受診をするようになっています。

 現在は健康保険を持たない外国人の割合が大きく減少したことや出身国側の医療が改善したこともあり、ビザがない外国人の深刻な事態は大きく改善しています。しかし、もう一つの大きな課題が未解決のまま残されており、今後その問題の影響が大きくなることが懸念されます。それは、言葉の障壁です。
 図3は、2013年に全国の拠点病院を訪れたHIV陽性外国人の使用言語の分布です。

出身地で使われる言語の分布が実に多様になり、10人以上のHIV陽性者がいる言語は11言語となっています。翌年には、外国人患者の病院受診を妨げている要因について調べる調査を行いました(図4)。この結果、「健康保険がない」ことよりも強く病院の受診の遅れに影響していた要因は、「日本語も英語も不自由である」ことであることがわかりました。医療を必要としている人の言語が多様化しているのに、病院や検査施設で言語のサポートを行う体制が整っていないことは大きな課題です。

急増しているHIV報告数は?

 2000年代後半に改善が見られた外国人のHIVをめぐる状況ですが、この数年気になる変化が生じています。この5年ほど男性のHIV報告数が急増しているのです(図5)。

この間ずっと減少が続いていた女性のAIDS報告が昨年増加に転じたことも気になります。男性のHIV報告が増えている理由としては、日本に近い東アジア・東南アジアの多くの国で男性同性愛者のHIV報告が増加してきていることと無縁ではないと考えられます。言葉の多様性、セクシャリ
ティの多様性双方に対応することがとても大切になってきています。現在は、エイズ発症数の増加はあまり目立っていませんが、HIV陽性報告が増えている以上、早期に受検ができるようなサポート体制を作っておかなければ、やがてAIDS発症の報告も増えていくことが予測されます。
 現在急増している技能実習生や日本語学校などで学ぶ留学生たちは生活基盤がとても脆弱です。技能実習生は大半が多額の借金をして来日していると言われており、また日本語学校生たちは病気になると仕事や学業の継続が困難になり、生活が困窮してしまうことが少なくありません。病気を理由にした不適切な解雇の事例もしばしば生じています。安心して治療が受けられない環境では、検査を受ける人は増えません。言葉の支援を行い、こうした若者の相談にしっかり乗れるような体制を作ることが大切です。
 効果的なエイズ対策は、HIV陽性者の人権をしっかり守ることを抜きには実現しません。日本で生活する外国人が、安心して検査を受けられ治療の相談ができる環境を整備していくことが急務です。

沢田貴志(シェア=国際保健協力市民の会 副代表/港町診療所所長)

千葉大学医学部卒。内科専門医取得後、1991年より港町診療所で診療。国籍や在留資格にかかわらず患者を受け入れたところ、開発途上国出身者の結核・エイズを多数診療することになる。
シェア=国際保健協力市民の会でも外国人の医療相談を実施。神奈川県の医療通訳制度や東京都の結核患者への通訳派遣制度の構築に協力。厚生労働省の研究事業を通じてエイズ診療拠点病院の外国人対応の支援も行ってきた。

図1:厚生労働省「外国人雇用状況」・法務省「入管統計」より改篇
表1:「在日外国人HIV診療についての研究」(HIV感染症の医療体制に関する研究班総合研究報告書,2003)より
図2:第23回日本エイズ学会学術集会(2009年)発表「NGOと連携した一診療所での外国人HIV陽性者初診時CD4の変遷」より
図3:日本エイズ学会誌 2016 Vol.18 No.3「エイズ診療拠点病院全国調査から見た外国人の受療動向と診療体制に関する検討」より
図4:「外国人におけるエイズ予防指針の実効性を高めるための方策に関する研究」平成26年度総括・分担研究報告書より
図5:エイズ動向委員会年報より

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