HIVは治療をすればうつらない?解説「U=U」

Undetectable=Untransmittable

武南病院 医師 山口正純

 U=U(Undetectable=Untransmittable)とは、効果的な抗HIV治療を受けて血液中のHIV量が検出限界値未満(Undetectable)のレベルに継続的に抑えられているHIV陽性者からは、性行為によって他の人にHIVが感染することはない(Untransmittable)、ということを表すメッセージです。近年、国際的な研究によってこれを支持する多くの科学的知見が集積され、世界的なムーブメントとなっています。本稿ではこのU=Uについて概説するとともに、具体的にどういった場合にU=Uと言えるのか、どのような科学的根拠に基づいてこのようなメッセージが出されるに至ったのか、U=Uは何を意味するのか、といったことを論じてみたいと思います。

U=U(Undetectable=Untransmittable)とはどのような状態か?

 HIVに感染して数週間の急性HIV感染症の時期には、血液中のウイルス量は通常数百万コピー/mLと非常に高値となります。このウイルス量の高い急性HIV感染の時期は最も感染力が高いと言われています。その後慢性感染の時期に入ると、HIVのウイルス量はおよそ数万~数十万コピー/mLに減少します。しかし未治療の場合、やはりこの時期もHIVを感染させるリスクが高いままです。
 効果的な抗HIV薬による抗ウイルス療法を受け始めて毎日欠かさず薬を内服し続けることができると、多くの場合およそ1~6か月後には血液中のウイルス量が検出限界値未満(Undetectable)に減少します。この検出限界値未満(Undetectable)の状態をさらに最低6か月以上持続できていれば、性行為によって相手にHIVを感染させるリスクはゼロ(Untransmittable)となります。これがU=U(Undetectable=Untransmittable)の状態です。なお、現在日本の医療機関におけるHIV-RNA定量検査の検出限界値は20コピー/mLを採用している場合が多いですが、国際的には血液中のウイルス量が200コピー/mL未満の状態を検出限界値未満(Undetectable)であると定義しています。

U=Uの科学的エビデンス

 どのような科学的根拠から、検出限界値未満(Undetectable)になればHIVを感染させるリスクがゼロ(Untransmittable)となると言うことが出来るのでしょうか? 少し専門的になるかもしれませんがそのうちのいくつかを紹介しておきたいと思います。
 ウイルス量がコントロールされている人では性交渉を通じてのHIV感染リスクが大幅に低下することが大規模調査として初めて明らかとなったのは、2000年のことです。ウガンダのラカイ県での415組のヘテロセクシュアルのHIV陽性とHIV陰性のカップル(ゼロディスコーダント・カップル)の観察研究において、ウイルス量が1,500コピー/mL未満の場合は、カップル間でのHIV伝播が一例もなかったことが報告されたものでした(*2)。
 その後2011年になり、HPTN052試験(*3)という大規模試験が報告されます。これはアメリカ、アジア、アフリカ各国の、主にヘテロセクシュアルの1,763組のセロディスコーダント・カップルを、HIV即時治療群と待機群とに分けて観察したものです。HIV即時治療群は待機群に比べHIV陰性パートナーへの感染リスクが96%減少した、というものでした。結果が100%にならなかったのは、一例だけHIV即時治療群で感染してしまった人がいたからでしたが、この一例は抗HIV療法を開始して間もなくの時期に感染してしまった例でした。その後5年以上にわたり観察は続けられましたが、毎日の服薬が良好に継続され、かつウイルス量が6か月以上検出限界以下に維持されているHIV陽性者から感染した例は、その後一例も認められませんでした(*4)。
 さらに2016年および2019年になり、PARTNER1(*5)およびPARTNER2(*6)という研究の結果がイギリスから発表されます。この研究は、普段もともとコンドームを使わない972組のゲイならびに516組のヘテロセクシュアルのセロディスコーダント・カップルを調べたところ、ゲイのカップルでは77,000回、ヘテロセクシュアルのカップルでは36,000回のコンドームを使わない挿入を伴う性行為があったものの、検出限界値未満のHIV陽性者からはただの一例もパートナーへのHIV感染がありませんでした。
 同じような報告が2017年にオーストラリアからも報告されています。Opposites Attract研究(*7)という343組のゲイカップルにおいて17,000回のコンドームなしのアナルセックスが観察されたものの、やはり検出限界値未満が維持されているカップルでは一例もHIV感染は認められませんでした。
 これらの3つの国際的大規模研究を合わせると、合計約130,000回のコンドーム無しの挿入を伴うセックスが実際に観察されたことになります。しかしながら、ウイルス量が継続的に検出限界値未満に抑えられているHIV陽性者からは、ただの一例もパートナーへHIVが感染した症例は認められませんでした。

Prevention Access Campaignによるコンセンサス声明

 このような国際的研究が相次いで発表される中、米国に本部を置くPrevention Access Campaignという、科学的エビデンスをもとにしたHIV予防法へのアクセスの普及を求める活動家と研究者からなるグループが2016年7月に「コンセンサス声明」(*8)を出すこととなりました。このコンセンサス声明の要旨は、「有効な抗ウイルス療法を受け血液中のウイルス量を持続的に検出限界値未満の状態を維持できているHIV陽性者は、HIVの性感染リスクを『無視することができる』」というものです。その後2018年1月に、『無視することができる』は感染リスクが残存すると誤って解釈される可能性があるため、「事実上リスクはない effectively no risk」「感染させ得ない cannot transmit」「感染させない do not transmit」にすべきとの用語の変更がなされました。
 このコンセンサス声明ならびにU=U(Undetectable=Untransmittable)のメッセージに対する支持の動きはその後全世界に広がり、97か国857団体(2019年4月16日時点)がコミュニティ・パートナーとしてU=Uの支持を表明しています。国連合同エイズ計画(UNAIDS)、国際エイズ学会(International AIDS Society)、米国疾病管理予防センター(CDC)、英国HIV学会(The BritishHIV Association [BHIVA])などの国際機関や各国のエイズ関連学会も支持を表明し、またわが国でも日本エイズ学会が2018年度第2回理事会において「U=Uキャンペーン」支持の方針を承認(*9)したほか、ぷれいす東京とMASH大阪がコミュニティ・パートナーとして登録されています。

U=Uは何を意味するのか?

 これまで多くのHIV陽性者は、大切なパートナーにHIVを感染させてしまうのではないか、と不安や恐怖を感じながら日常の性生活を送ることを余儀なくされてきました。性生活は生活の重要な一部であり、パートナーとの関係性やどのような家族を築くか、さらには人生そのものにも大きな影響を与えるものです。U=Uは効果的な服薬治療を継続しているHIV陽性者にはもはや性感染させるリスクがないことを明言することによって、HIV陽性者に架せられたスティグマを低減するメッセージです。さらにHIVそのものに対する個人・コミュニティ・社会など様々なレベルでのスティグマを低減することによって、HIV感染リスクにさらされている人の検査受検に対する恐怖・不安を低減して検査受検の阻害障壁をなくし、多くのHIV陽性者が自身とパートナーの健康のために治療に繋がりケアを継続できるよう支援することで、診断・治療・ケアへの普遍的アクセスを確保し、HIV感染症の流行を終焉に導くことを目指すものなのです。

Q&A

Q. セックスの相手が男性でも女性でもU=U?

 セックスの相手が男性でも女性でも、膣性交でもアナル性交でも口腔性交でも、タチでもウケでも、継続的な治療を受け検出限界値未満が持続していれば、セックスを通じた感染リスクはありません。

Q. コンドームはもはや必要ないのか?

 抗HIV薬によってウイルス量が検出限界値未満になっても、HIV以外の性感染症や予期しない妊娠は防ぐことはできません。したがってコンドームの使用はあなたとあなたのパートナーの「性の健康」にとって、引き続き大変重要で有用な方法です。U=Uはコンドーム使用推奨と相反する概念では決してありません。むしろ相補的な関係だと考えられます。誰でもひとり一人が、それぞれがおかれている状況や環境に応じて、自身とパートナーの「性の健康」を守る方法を自らが選択し実践する、その選択肢の一つとしてU=Uが果たすべき役割があるのではないかと考えています。

Q. 性感染症があるとHIV感染リスクが上がるのではないか?

 前述のOpposites Attract研究およびPARTNER研究では、HIV陽性者の約30%ならびにHIV陰性者の約25%が何らかの性感染症に罹っていましたが、パートナーへのHIV感染は一例も観察されませんでした。したがって性感染症があっても、処方どおりに抗HIV薬を内服し検出限界値未満が6か月以上持続しているHIV陽性者からは、性行為を通じて相手にHIVを感染させるリスクはないといえます。
しかし定期的に医療機関での検査を実施し、性感染症の早期診断を受け適切な治療を実施することは、あなたとパートナーの「性の健康」にとって大変重要です。

Q. 陽性パートナーがU=Uであれば、陰性パートナーがPrEP(Pre-Exposure Prophylaxis 暴露前予防)を行う必要はない?

 Opposites Attract研究参加者の39%、PARTNER2研究参加者の37%のMSMは、試験期間中にパートナー以外の相手との間にコンドームを使わないアナルセックスがあったと回答しています。このようなモノガマス(一対一)関係以外でのセックスのある人や、HIV陽性パートナーが抗ウイルス薬を開始して間もない人、あるいは何らかの理由があって薬を内服できない人などのパートナーにとっては、PrEPは有効な予防手段です。

Q. 注射による薬物使用(IDU)でもU=U?

 現時点で、薬物使用での注射器具等の共用によるHIV感染リスクに関する明らかなデータは出ていません。したがってあくまでU=Uは「セックスを通じて」の性感染のみに限定されています。したがって注射薬物使用の際には清潔な注射器を用い、注射器等の器具の共用をしないなど、引き続き気を付ける必要があります。

Q. 母乳哺育でもU=U?

 血液中のウイルス量が検出限界値未満になると母乳を介した母子感染のリスクも大きく減少することは知られていますが、残念ながら現時点では感染リスクがゼロになるということを示す明確なエビデンスは得られていません。したがって現時点では母乳哺育ではなく人工乳哺育のほうが安全であると考えられており、わが国におけるHIV感染妊娠に関する診療ガイドライン(*10)でも人工乳哺育が勧められています。

U=Uの知見を日本で活かすには

 日本におけるU=U(TasP)の認知度について見てみると、HIV陽性者では約8割(*1)、ゲイ男性等では約4割(*2)、一般市民では約3割(*3)となっています。調査法の違い等があり一概に比較できませんが、HIV陽性者以外の人々の間では、まだあまり知られていない状況だと言えるでしょう。
 私は、日本でこの情報を広げていく際には、日本特有の課題や背景について考慮する必要があると考えています。
 1つめは表記そのものの問題です。英語に堪能でない多くの日本人にとっては、これが何の略称なのかは分かりづらいでしょう。「治療をすればうつらない」などの平易な表現で伝えていく必要があります。
 2つめは治療アクセスとの関係です。世界には、HIV陽性が判明しても治療を受けられない国や人々がたくさんいます。治療を受けられなければU=Uも机上の空論です。つまり、各国におけるU=Uのアピールは、「だからこそ治療アクセスの確保を」という基本的人権のための戦いが今なお続いていることの表れなのです。日本でも、CD4やウイルスの量によっては障害認定が適用されず経済的に治療を開始できない点で、制度的にはU=Uの知見が活かされていません。
 そして3つめは、U=Uを「どのような戦略のもとに」「誰が」表明するのか? という問題です。当事者が自らU=Uをアピールする場合、少なからず「私たちはすでに治療によって他者に感染させない状態なのだから、差別や排除をしないで」というメッセージを帯びることになります。私はずっと、この文脈に危機感を持ってます。「ウイルス量が検出限界以下でない人々は、差別や排除を受けても仕方ないのか」と思わずにいられないからです。U=Uという知見が共有される以前から、ウイルス量に関係なく、私たちが生きるほとんどの場面において、差別や排除を受ける理由はないはずです。
 欧米諸国では、性行為で感染したHIV陽性者やゲイコミュニティが、治療アクセスや差別の問題と戦う大きな市民運動を起こしました。多くの映画が制作され支持されているように、HIVと人権に関する歴史認識や課題は国民にもある程度共有されており、このような背景や土壌の上では、当事者がU=Uを主張する流れもまた理解されやすいでしょう。
 では、日本はどうでしょうか? 国民の間で、あるいは私たちHIV陽性者の中でさえ「セックスでHIVに感染した人が治療を受けられるのは当然だ」というU=Uの前提となる人権意識は、どのくらい共有されているでのしょう? 私は、人権啓発の遅れこそ日本のエイズ対策が取りこぼしてきた最大の課題と考えています。
いずれにせよ、こうした日本の現状に対する理解と慎重さをもって、U=Uの知見を日本でも広め、活かしてもらいたいと思います。

高久陽介(JaNP+代表理事)

※参考文献についてはPDF版のニュースレター第40号をご参照ください。

山口正純(武南病院 医師)

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