HIV感染症と歯科との健全な関係を

開業歯科医院の診療拒否という問題を越えて

鈴木歯科クリニック 鈴木 治仁(すずき はるひと)  

はじめに

HIV陽性者の方々の歯科治療に携わるようになって26年の歳月が流れました。その間には不幸にして亡くなられてしまった患者さんもおりました。しかし、現在では、抗HIV薬によりコントロールされ、天寿をまっとうできるHIV陽性者がほとんどということで、数年ぶりに来院された方でも「久しぶり! 元気そうだね~」と言えることに喜びを感じています。

まずは自己紹介から。私は1993年に品川区中延の地に歯科医院を開業しました。その後、ぷれいす東京の生島氏に出会ったことからHIV陽性者の歯科における診療拒否の問題を知り、それなりに勉強してHIV陽性者の方々を受け入れてきました。

そして、1995年には歯科開業医における診療拒否の問題の解決のために、同じ志を持つ歯科開業医が集まって、東京HIVデンタルネットワーク(THDN)という研究会を立ち上げました。歯科医師会主催の学術講演会でレクチャーをしたり、歯科医師同士で情報交換をするなどして、一人でも多くの歯科医が診療拒否することなくHIV陽性者を受け入れ、健全な歯科医療となることを目指して活動しております。

口腔の健康と全身の健康

医療の中で歯科は、老若男女すべての人のライフサイクルに関わる医療と言えるでしょう。そう、皆さんも一度は好むと好まざるにかかわらず、歯医者の門をくぐったことがあるでしょう。

でも、歯科治療が敬遠されがちなのは、外科的治療が主だからなのでしょう。薬を飲んで治せる内科的治療とは異なり、麻酔の注射をしたり、キーンという音と共に歯を削ったり、歯を抜いて血を見た
り……。嫌なことが多いですよね。

どんな病気も早期発見、早期治療に尽きます。歯周病はもちろん、むし歯だって立派な病気です。よく患者さんにも話をしますが、「むし歯は、がんと同じ。自然治癒しないし、末期は痛みとの闘い、転移するし(他の歯もむし歯になる)、最後は死(歯を失う)、放置したらダメですよ」という事です。そして、歯を失えば義歯やインプラントを入れて失った歯を人工物で補う訳です。また、歯科で扱う病気には、顎関節症、睡眠時無呼吸症候群、摂食嚥下障害、口臭症、口内炎、口腔がんなどの口腔粘膜(舌を含む)疾患もあります。

さらに、近年の研究により、歯周病と全身疾患との関連が分かってきました。糖尿病、心臓病、肺炎、動脈硬化、認知症、早産などとの相互の影響があるとされています。やはり、口の中も全身の一部であるという事ですね。

HIV感染症と歯科の関係

都立駒込病院の今村顕史先生のリサーチによれば、感染症科から他の科への紹介を要するトップは歯科という事です。「口腔内は免疫の鏡」と言われるように、口の中を診る歯科医は患者さんの免疫の変化に気づくことができます。例えば、免疫が低下し始めるたことで口腔カンジダ症を発症し、その事でHIV感染が疑われたりすることがあります。かつては、「服薬待機」と言ってCD4が200ぐらいまで低下して初めて服薬が開始されるという時代があり、歯科で口腔カンジダを認め、内科と連携することで服薬が始まったという事も経験しました。

内科と歯科の連携は、疾病の治療に関して大切なことであると思えます。しかし、HIV陽性者を取り巻く歯科医療体制は、残念ながら健全とは言えません。未だに診療拒否という問題が潜在しており、顕在化して訴訟にまで発展するケースも少なからずあります。
この診療拒否という問題が、HIV陽性者の方々から歯科を遠ざけている事実があるかもしれません。このニュースレターを通して、HIV陽性者の方々に少しでも歯科の敷居を低くすることが出来れば、という思いで書き進めようと思います。

HIV陽性者がどうしたら歯科受診しやすくなるか

ここでは、HIV陽性者の方からの素朴な疑問を中心にお話していきたいと思います。

Q1. HIV陽性を言ったほうがいいのか? 虫歯だけのとき、抜歯するときなど。

基本的に医療は、医師と患者との信頼関係に基づいて成り立つものです。医師は患者の全身状態を把握したうえで治療に入るべきもの、と思っています。患者さん側も、「この先生はすべてを理解した上で治療してくれている」という安心感のもとで治療を受けることが大切ではないでしょうか。

Q2. 診療拒否をしない歯科の見分け方や、事前に調べられることはある?

クリニックのHPなどに、「感染症を有している方の診療可」など記載されていることがあります(私のクリニックのHPにも記載があります)。また、事前に電話で「感染症がありますが診療してもらえますか?」と聞いてみることもできます。後でお話しますが、東京都などいくつかの都道府県には「エイズ協力歯科医療機関紹介事業」というシステムもあります。

Q3. 多くの開業歯科医はHIVのことをどんな風に思っている?

「以前からずっと通って来られている患者さんが感染した場合は治療するけど、新たにHIV陽性の患者を受け入れたくはない」という声はよく聞きます。診療拒否をする原因として以下の事項が挙げられています。

❶HIV感染症、AIDSの知識がない
❷感染対策にお金がかかり、十分ではない
❸スタッフの同意が得られない
❹院内におけるプライバシーが保たれない
❺病院の歯科に任せればいい
❻心理的に嫌

それぞれの項目について、私たちTHDNでは解決策を検討し、歯科向けエイズ講習会等でレクチャーしています。それを聞き入れられるかどうかは、歯科医師個々の問題なのでしょう。

Q4. 自治体の歯科医紹介制度はどのようなものですか?

例えば、東京都には、都から東京都歯科医師会に委託された事業として「東京都エイズ協力歯科医療機関紹介事業」があります。HIVの主治医に「歯科を受診したい」と申し出れば、東京都歯科医師会の協力医リストに基づいて、通院しやすい歯科医院が紹介されるシステムになっています。協力歯科医療機関の数は103施設で、2018年度は100余名のHIV陽性者の方が紹
介を受けています。協力歯科医療機関数がもっと増えればいいと思い、エイズ講習会や東京都歯科医師会の広報にて募集して
いるところです。同様のシステムが神奈川県などいくつかの自治体にはあります。

Q5. 個室のない開業歯科医でもプライバシーは守られる?

個室でなければプライバシーが保たれないとは思いません。患者さんのプライバシー保護に留意して、問診の多い初診の時間帯やブースの位置に配慮したりするなど、工夫している先生もいます。

Q6. HIV陽性者にとっての口腔衛生の重要性は?

数年前、歯周病菌の産生する酪酸によってHIVが活性化するという報告がありました。前述した通り、歯周病と他の全身疾患との関連もあります。大切なことは、HIV陽性者も非陽性者と区別されることなく、口腔ケアに留意し歯周病の治療と管理に力を注ぐべきものと考えられます。

ホームドクターとしての開業歯科医

むし歯や歯周病に代表される歯科疾患の治療はもちろん、歯周病と関連のある全身疾患の治療の一助としても、日常的な口腔ケアのためにも、定期的な歯科受診を勧めています。「痛くなった時だけ行く歯医者」から、「痛くない時にも口腔ケアのために行く歯医者」へ。痛まない時でも歯石を取ってクリーニングしてもらったり、定期的なチェックをしてもらいましょう。自分に合ったかかりつけ歯科医を見つけておきましょう。

特に、診療拒否という忌まわしい事態のために、急に歯が痛くなってもなかなか治療を受けられる歯科医院を見つけにくいHIV陽性者の方々には、あらかじめ信頼できる歯科医院を見つけておくことが必要だという提言をしています。
私たちは「いつでも、どこでも、だれにでも」というホームドクターのモットーがあるので、同業の開業歯科医師に対しては、たとえHIV陽性者であろうが健常者であろうが、歯科医療を提供しなければならない、と講演会等で話をしています。「だれにでも」です!
歯科医療においては、直接命にかかわることは稀な事です。しかし、友人や家族との楽しい語らいの中で食べたいものを食べられる生活を最期の最期まで続けられるようにする、言わば人間としてのQOL(生活の質)の維持という重要な事が歯科医療の使命であると思います。

参考:HIV陽性者における歯科受診の現状

(HIV陽性者を対象とした大規模アンケート調査の結果から)

 

※「参考:HIV陽性者における歯科受診の現状」の記事はJaNP+が掲載している本記事の関連情報であり、鈴木治仁氏が執筆したものではございません。

鈴木 治仁(すずき はるひと)  (鈴木歯科クリニック)

鈴木歯科クリニック http://sdc418.jp/

出典:HIV Futures Japan プロジェクト「第2回・HIV陽性者のためのWEB調査」
(2016~2017年・日本国内在住のHIV陽性者1038人が回答) https://survey.futures-japan.jp/

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