第34回日本エイズ学会 学術集会・総会

初のWebの開催に向けて

一般社団法人 日本病院薬剤師会 専務理事 桒原 健

第34回日本エイズ学会学術集会・総会の主催者としてお世話をすることとなりました桒原 健です。2020年11月27日~29日に千
葉県の幕張メッセ国際会議場で開催する予定で準備を進めておりました。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に対し、大会委員会や理事会でご検討いただきました結果、今年の学会はWeb開催の形に変更させていただくことといたしました。開催方法や会期等の詳細につきましては、ホームページでご案内させていただきます。よろしくお願い申し上げます。

薬剤師としての経験から

元々私は国立病院に勤務する薬剤師でした。国立病院は転勤があり、いくつもの病院を経験しました。1997年に国立大阪病院(現在の国立病院機構大阪医療センター)がエイズブロック拠点病院に指定されたとき薬剤部に勤務しており、HIV感染症に関わるようになりました。

当時は初めてプロテアーゼ阻害薬が登場した時代で、薬の飲み方も複雑でした。食後や空腹時に飲む必要のある薬の組み合わせで、1日に何回も服薬することが求められる患者さんもおられました。それぞれの患者さんの生活リズムを伺い、時には栄養ハンドブックを片手に食事のとり方や服用時間などについてご相談していました。

まだ治療効果の高い薬が少なかったこともあり、米国では抗HIV薬の迅速承認が行われていました。日本でも同様の対応が取られていましたが、国内の患者さんの数が少ないため、日本での臨床試験を行わずに承認されています。十分な副作用情報が収集・検証されずに薬を使い始めるため、患者さんの安全を守るための工夫が必要でした。まず、副作用があればすぐに伝えていただけるよう連絡体制を検討しました。副作用の第一発見者は患者さんです。どのような時期にどのような症状が出る可能性があるか、すぐに連絡していただきたい症状はどのようなものかを伝えて、患者さんご自身にご理解いただくことが重要です。

チーム医療の重要性

チーム医療については、HIV診療科の長である白阪琢磨先生のご指導もあり、大阪病院ならではの取り組みが始まっていました。近畿のエイズブロック拠点病院に指定されてから、多職種によるカンファレンスが実施され、医師・看護師・カウンセラーとの情報共有も密に取るようになりました。

HIV/AIDS医療はチームで行うものだと思います。チームには医療職に加えて、NGOやその他多くの皆様の支えがあってこそ成り立つものです。そして、私がもっとも大切だと考えていることは、患者さん自身がチームの一員であることです。

コンプライアンスからアドヒアランスへ

HIV感染症の治療では、従来使われてきた「コンプライアンス:盲従、従順」から、新たに「アドヒアランス:遵守、固執」という言葉が生まれ定着しました。日本薬学会の薬学用語解説によると「コンプライアンス」とは医療者が患者さんを評価する際の「医療者の指示に患者がどの程度従うか」という概念であるとされています。1990年代後半にプロテアーゼ阻害薬が登場し、医療者の指示に従う「コンプライアンス」の概念では、治療が成功しないことが分かりました。そのため、患者さんが積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って自ら治療を受けることを意味する「アドヒアランス」という概念が、HIV感染症に関わる医療者に定着していきました。

問題を解決するための方法などを医療者が患者さんとともに考え、相談の上決定していく必要があるとされました。つまり、薬を飲む方法を伝えるだけの説明ではなく、患者さんが利益を得るため、薬の効果を最大限に引き出す方法や、困ったときの考え方を伝えることが薬剤師をはじめとした医療者の役目になりました。お薬を飲むのは患者さんですので、薬や治療を理解していただく必要があります。

そして、副作用の第一発見者である患者さん自身にチームの一員になっていただくことも大事なポイントです。

進化を続ける抗HIV薬

今回の学会は、HIV/AIDSを「くすり」という観点から考えてみたいと思い、テーマを「進化を続ける抗HIV薬 ~Prevention, Treatment, and Beyond~ 」としました。

1981年6月、米国で後にAIDSと呼ばれる症例を米国疾病予防管理センタ(CDC)が報告してから約40年が経過しました。抗HIV薬は1987年に満屋裕明博士らによって開発されたAZT(商品名:レトロビル)をはじめとして、これまで多くの薬が開発され、現在では1日1回、1回1錠での服薬が可能となっています。

学会のポスターには、日本での発売年順に並べた抗HIV薬、その時々のHIV/AIDSに関係するトピックを配置しました。これまで進化を続けてきた抗HIV薬の歩みを振り返ると共に、私たちがHIV/AIDSから学んだことを再確認する意味が込められています。そして、今後さらに進化する未来の抗HIV薬や、「くすり」を取り巻く環境などについて議論できる場にしたいと考えています。抗HIV薬は、治療から予防へと拡がりを見せています。さらに、その先に拡がる未来の姿にも、今回の学会では触れてみたいと思います。

今回の学会での様々な取り組み

副作用などもある薬を、どのように安全かつ迅速に患者さんに届けるか、創薬関係者だけではなく行政の関係者も招いて、過去の取り組みついて振り返ると共に、未来に向けた提言を行うシンポジウムを企画しています。また、基礎分野では新しい治療法に向けた創薬研究の進展やお薬以外の治療方法などについて、臨床分野では抗HIV薬の使い分けや症例から学ぶHIV感染症診療等について、社会分野ではPrEPやU=Uに関連したセッションなどの開催を予定しています。

HIV/AIDSの治療に関係する「くすり」は抗HIV薬だけではなく、感染症治療薬や抗がん薬など、多様な薬が使われています。また、健康食品、さらには中毒性を有する薬物(ドラッグ)など、様々なものが関係しています。こうした問題も取り上げる予定です。

また、主に大学生を対象とした教育講演を企画しています。基礎・臨床・社会の各分野の専門家による講義を行う予定です。この教育講演を聞けばHIV/AIDSのすべてがわかる! といった意気込みで講師の先生には講演をお願いしたいと思います。

過去の大会と同様、ポジティブトークやメモリアルサービス、メモリアルキルトの展示も企画していましたが、Web開催となりましたので実施方法等については検討中です。通常の懇親会ではなく比較的参加費を抑えた全員交流会の開催を企画していましたが、こちらもWebを利用した交流会を検討したいと思います。

患者さんの生活をささえる“心の処方箋”

フジテレビの「アンサング・シンデレラ─病院薬剤師の処方箋─」というドラマをご存知でしょうか。日本の連ドラ史上初となる、病院薬剤師を主人公にした医療ドラマです。新型コロナウイルス感染症の影響で放送開始が延期されていましたが、7月16日から放送が開始されます。

番組HPにプロデューサーの野田悠介さんが「視聴者のみなさまへのメッセージ」としてこのように記しています。「怪我(けが)や病が治って終わりじゃない。薬剤師は病気を治すということだけにとらわれず、患者さんが“今後どう生きるのか、どう生きていきたいのか”を考え、退院した後の生活も含めてケアをし続けています。処方箋は医師が出すものですが、病院薬剤師が出す“心の処方箋”という意味をサブタイトルにも込めさせて頂きました。」

この言葉はとても重いものだと受け止めています。薬剤師だけでなくHIV/AIDSに関わる医療者すべてが、現在の治療法ではずっと服薬を続けなければならない患者さんの生活を、大事にしたいと考えていると思います。

開催に向けて

今年の日本エイズ学会学術集会・総会がWeb開催となることは、日本エイズ学会にとって初めての試みです。新型コロナウイルス感染症の影響を受けたこの時だからこそ、最新のHIV/AIDSに関する情報発信・交換の場を失うことや、学会活動を中止・先送りすることは、避けなければならないと思います。2020年というこのタイミングで主催できることを、とても光栄に思うと共に、大きな責任を感じています。これをチャンスととらえ、新しい情報発信の方法を模索しながら、全力で取り組む所存です。

本学会が、ご参加いただきます皆さまの意見交換の場となり、さらにHIV/AIDSを取り巻く環境の未来を築く場となりますよう願っております。多くの皆さまのご参加を心よりお待ち申し上げております。何卒、よろしくお願い申し上げます。

桒原 健(一般社団法人 日本病院薬剤師会 専務理事)

1981年北陸大学薬学部卒業、数施設の国立病院、厚生省勤務を経て、1995年より国立大阪病院、1997年よりHIV感染症を担当。抗HIV薬の血中濃度に関する研究班、抗HIV薬と副作用と服薬に関する研究班等の臨床研究に関わる。
2009-2012年日本エイズ学会理事。国立循環器病研究センター、国際医療研究センター等を経て2018年定年退職。2018年6月より現職。

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