世界には、HIV/AIDSを扱った様々な映画が数多く存在します。HIVの存在によって、多くの人々が身近な人との関わりや性愛、あるいは政治、宗教、文化や歴史について見つめ直してきました。これらの経験に映画を通して触れることで、みなさんが持っているHIVに対する考えや感情も、また違ったものに変化するかもしれません。

HIVという言葉すら登場しないものの、忘れてはいけない経験
や存在として暗にHIVを扱っている映画もあります。

『悲しみに、こんにちは』は、6歳の少女フリダの1993年の夏休みを詩的に映像化し、ゴヤ賞(スペインのアカデミー賞)新人賞を受賞しています。突然両親が「ある病気」で亡くなり、フリダはカタルーニャの山の中に住む叔父の家族と住むことに。この映画は監督カルラ・シモンの経験を元にしていて、彼女は自身の母となった叔母や自然の優しさ、どうしようもない孤独感を100分におさめます。

 

スペインでは、36年間に及んだフランコ独裁体制が1975年に終わり、民主化する社会で自由を謳歌した当時の若者の一部でヘロインが流行。1997年までに国内で12万件のHIV/AIDS診断が報告されており、これは当時の欧州連合のなかで成人人口に対する比率としては最も高かったようです。本作の2017年の公開後、あの時無口だった6歳の少女は、根深いスティグマをよそに国を代表する次世代の監督として国内外から注目されています。

 

 

アカデミー賞受賞でも話題になった『ムーンライト』はどうでしょうか。この作品にもHIVの言及はありません。しかし、自伝的な本作の原作者であるタレル・アルヴィン・マクレイニーと脚本をかいた監督のバリー・ジェンキンスの2人が10代だった90年代(劇中の第二幕)に両者の母親はHIVに感染していました。偶然にも原作にある団地で同時期に育ったジェンキンスは、薬物依存だった母のこと、ずっと避けてきたことに脚本の執筆を通し向き合い、映画の完成後にはオープンに話せるようになったと語っています。舞台のフロリダ州をふくむ
アメリカの南部では、現在、主に黒人コミュニティ、特に黒人のMSM(Men who have sex with men:男性と性行為をする男性)の間にHIVが蔓延し早急の対応が叫ばれるも、白人に危機が迫る時のようには話題にされないことが問題視されています。

「私もまったく同じ経験をした」そう伝えてくる観客が大勢いたと『悲しみに、こんにちは』のシモン監督は作品発表後の経験について語っています。彼女は学生時代にHIVを持って生まれ育ったロンドンの若者にインビューした短編『Born Positive』も発表。90年代に多感な時期を過ごしたこどもたちの多くは現在30代。自身のアイデンティティ形成に深く関係のある経験を振り返り、世界と共有する。『ムーンライト』のタレル・アルヴィン・マクレイニーはアカデミー賞授賞式で真っ白なタキシードにレッドリボンをつけて登場しました。それは、白いドレスを着たエリザベス・テイラーが1992年にオスカーで実際につけていたもの。マクレイニーはリボンをつけた理由を「引き続きアウェアネスをもち、エイズと戦う連帯を呼びかけるため」と語りました。

 

『悲しみに、こんにちは』
原題:estiu 1993 配給、宣伝:太秦、ノーム
Blu-ray&DVD 発売中
© 2015, SUMMER 1993

『ムーンライト』
原題:Moonlight 配給:ファントム・フィルム
Blu-ray&DVD 発売中
© 2016 A24 Distribution, LLC

・Filmmaker, AIDS orphan Carla Simon on Spain's 'lost generation'/ 2018.5.26
https://www.thelocal.es/20180526/filmmaker-aids-orphan-carla-simon-on-
spains-lost-generation

・For Film's Creators, 'Moonlight' Provided Space To Explore A Painful Past/2016.12.23
https://www.npr.org/2016/12/23/506717537/for-films-creators-moonlight-
provided-space-to-explore-a-painful-past

・https://www.instagram.com/octarell_again/