【HIVと映画】『タンズ アンタイド』

雄弁に語る沈黙のこと

ノーマルスクリーン 代表 秋田 祥

世界には、HIV/AIDSを扱った様々な映画が数多く存在します。HIVの存在によって、多くの人々が身近な人との関わりや
性愛、あるいは政治、宗教、文化や歴史について見つめ直してきました。これらの経験に映画を通して触れることで、みなさんが持っているHIVに対する考えや感情も、また違ったものに変化するかもしれません。

今回は1989年にアメリカで発表された55分の映画/ビデオ作品『タンズ アンタイド』について。日本では、1992年と93年に東京国際レズビアン・アンド・ゲイ・フィルム・フェスティバルで上映されましたがソフト化はされず…しかし本作の再上映を企画し今年1月に、東京・日比谷で特別上映を行いました。現在、気軽に鑑賞はできないので恐縮ですが、ブラックカルチャーやクィア映画などあらゆるエリアで伝説的な作品として知られている作品ですので、ぜひ紹介したいと思います。

監督のマーロン・リグスが、友人で詩人/アクティヴィストだったエセックス・ヘンプヒルらとともに、自身の経験をパフォーマンスの要素を加えながら赤裸々に、ダイナミックに、ときにユーモアを交えながら語っていく、実験的なドキュメンタリーです。リグスとヘンプヒルは、アフリカ系アメリカ人で、かつゲイという立場から見える景色を語り、現在良く言われるアイデンティティの複雑な「交差性」を当時から意識し、表現していました。その多くは、黒人として、ゲイとして主流社会で受ける差別や暴力、内在化してしまったヘイト、抑圧、黒人のコミュニティ内でも受ける差別や偏見のこと。そこから取り戻す誇り。また、そういった自分と同じような人物像が投影できる場所が非常に少ない苦しみも、音楽やラップのような独特な語りで怒りや絶望とともに伝えます。そして、そこにエイズ危機が加わるのです。

本作の大半で、大きく鳴り響く心臓の鼓動からは、そのみなぎる生を感じると同時に、新聞の訃報欄に友人/知人たちの顔が溢れるようになってからは、時限爆弾の時計ようにも聞こえる緊迫したシーンもあります。アメリカで最も重要な黒人の詩人ともいわれるヘンプヒルは、それまで人生の多くを作品で曝けだしていたのに、HIVに感染していたことについては晩年まで多くを語らなかったそうです。
そんな彼が発表した詩のなかで、以前のように道で出会った男性を気軽に愛することができなくなったこと、そして自分の精液が自分たちを殺してしまうかもしれない、という恐怖や嫌悪やスリルを感じながらするセックスをうたったものも映画には登場します。

翻訳/字幕制作には、私以外に3人もの友人たちが積極的に参加し行いましたが、時代背景や米ブラック文化、さらには登場する人々の隠語なども多く、大変苦労しました(独自の言葉は抑圧を受ける人々の中で必然的に発展したものでしょう)。しかし、その過程で何度も唸るほど、彼らの声が2020年の日本の私たちにも痛いほど響くのです。本作は当初、3つのゲイバーでの上映だけを念頭に制作されたとのこと。大きな問題を訴えたい時、とてつもなく個人的な視点から経験を語ることで、他人の深いところへ力強く伝わることを、この映画は証明しています。

秋田 祥(ノーマルスクリーン 代表)

ノーマルスクリーンでは、セクシャルマイノリティの複雑な経験を斬新な試みで表現する作品や作家を中心に日本語字幕付きで紹介。他に翻訳なども行う。

『タンズ アンタイド』
原題:TONGUES UNTIED
© Signifyin' Works

参考:
・ワシントン・ポスト記事(2014年8月 A poet who spoke to the black gay experience, and
a quest to make him heard By Sarah Kaplan)
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/style/a-poet-who-spoke-to-the-
black-gay-experience-and-a-quest-to-make-him-heard/2014/08/03/91307a2a-
1ac6-11e4-9e3b-7f2f110c6265_story.html
・ヘンプヒルの詩:日本語では「荒い吐息」という作品が1993年に出版された「ハイ・リスク:禁断のアン
ソロジー」(白揚社)に収められています。
・Vivian Kleiman: https://twitter.com/VKleiman/

ツイート
シェア