【HIVと映画】『ダラス・バイヤーズクラブ』

「感動の実話」その影になる事実と虚構

ノーマルスクリーン 代表 秋田 祥

世界には、HIV/AIDSを扱った様々な映画が数多く存在します。HIVの存在によって、多くの人々が身近な人との関わりや
性愛、あるいは政治、宗教、文化や歴史について見つめ直してきました。これらの経験に映画を通して触れることで、みなさんが持っているHIVに対する考えや感情も、また違ったものに変化するかもしれません。

トム・ハンクスの『フィラデルフィア』(1993年)以来、ハリウッドがHIVやAIDSを中心に扱った作品は、まだ片手で数え
ても指が余るほどしかありません。なかでも目立つのが2013年の『ダラス・バイヤーズクラブ』。

実在したホモフォビックなカウボーイ気取りの主人公ロン・ウッドルーフを、アメリカでは「最もセクシーな男」としても名を馳せたマシュー・マコノヒーが21kgも減量し挑み、その相手役となるトランスジェンダー女性のレイヨンをジャレッド・レトが演じました。1985年、テキサスの田舎でエイズを患いながら、認可されていない薬を主にゲイ男性たちに売る“会員制クラブ”を始めた二人。その演技は高く評価され、両者ともアカデミー賞を受賞しました。

80年代、確かな治療もなく先の見えないなか、地方都市で人々がどのようにこの世界を模索してサバイブしたのかが伺え非常に興味深い内容です。しかし、ここでは、本作公開後にアメリカで盛り上がった議論を2つ紹介します。まずは薬のこと。ワシントンポスト紙は、劇中の薬の情報と現実を細かく紹介しました。実際にそうであったように、ウッドルーフは当時臨床試験が始まったばかりの薬AZTをなんとか手に入れ摂取しますが、過酷な副作用のため、AZTをとことん拒否。米国では未承認の他の薬を求めメキシコや日本に行き、買い付けます。医学史が専門のジョナサン・エンゲルによると、映画で描かれる通り、ウッドルーフは試薬のペプチドTを飲み続け、効能を主張しますが、同薬は実際には効果はなかったとのこと。エンドクレジットでは、AZTが多くの人の延命に役立った旨が表示されますが、それまで劇中でAZTはとことん悪役。その延命がたった1年だったかもしれないけど「致死率100%の当時には、それは大ごとだった」とエンゲル。薬を土台に話が展開する作品ですが、映画はその詳細に欠けていることに気づかされます。

そして、レイヨンについて。実際には、レイヨンのような存在はウッドルーフの側にはおらず、映画のために創作されたキャラクターです。監督のジャン=マルク・ヴァレは、レイヨンを「男」や「トランス男性」と呼び、配役の段階でもトランスジェンダーの俳優は念頭になかったと話したとされています。地域によっては、トランスジェンダーの人々がおかれる状況は2020年においても非常に厳しく、表象も少ないうえにその偏りは激しい。現実とメディアでの描写とそのインパクトは強く関係しています。その認識の浅さは、シスジェンダーのレトにも。映画は、トランスの人々の経験を物語の展開と主人公を際立たせるために利用していなかったか。ステレオタイプの塊のような存在にはなっていないか。レトは、ハリウッド好みの「変身」のためにこの役を利用したのではないか? それにより、トランスの人々が「変装」しているという誤解を助長させていたのでないか? その影響を被るのは誰? これらの疑問と不信を助長したのが、レトのスピーチでした。この役で、アカデミー賞で助演男優賞を受賞したとき、AIDSで亡くなった人々への言及はしましたが、トランスの人々への謝辞などはなにも言わないままステージからおりたのでした。

 

秋田 祥(ノーマルスクリーン 代表)

ノーマルスクリーンでは、セクシャルマイノリティの複雑な経験を斬新な試みで表現する作品や作家を中心に日本語字幕付きで紹介。他に翻訳なども行う。

『ダラス・バイヤーズクラブ』
原題:Dallas Buyers Club
配給:ファインフィルムズ
© 2013 Dallas Buyers Club, LLC. All Rights Reserved.

参考:
・The Advocate誌「Op-ed: What People Don't Get About Dismay Over Jared Leto」
(Parker Marie Molly、2014)
・ワシントンポスト紙「What ‘Dallas Buyers Club’ got wrong about the AIDS crisis」
(Dylan Matthews、2013)
・Slate「How Accurate Is Dallas Buyers Club?」(Aisha Harris、2013)

*主に映画におけるトランスジェンダーの人々のこれまでの歴史、現状、今後の課題や可能性について、詳しくは、Netflixオリジナル映画『Disclosure トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』をぜひご覧ください。

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